乗鞍岳・御嶽山を望む野麦峠

野麦峠(のむぎとうげ)は、岐阜県内高山市という長野県内松本市の県境にあり、その昔は飛騨世界中といった信濃世界中を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠でした。
また江戸時代には、こういう通りで信州に「飛騨振り」などが運ばれたことから「振り街道」とも呼ばれていました。
乗鞍岳と鎌ヶ峰の間にあり、標高1,672mの野麦峠は長野県内通り・岐阜県内通り39号奈川野麦高根線が通っています。

峠の辻には、お助け小屋が再現され、売店・レストラン・宿屋として利用できます。

明治の初めから大正にわたって、当時のレギュラー輸出実業であった生糸工業で発展していた諏訪故郷の岡谷へ、飛騨の未成年・20代の女性が女工として動くためにこういう峠を越えていきました。
こういう史実は1968世代に発表された山本茂実(やまもと・しげみ)のノンフィクション「あゝ野麦峠」で全国的に有名になりました。
峠における客間中央には、こういう野麦峠で息吹を引き取った工女房政井みねが、兄に背負われた石像があります。

熊笹は数十年に一度花を咲かせ、稲穂ものの実をつけますが、これを飛騨では「野麦」と呼び、峠最寄りに熊笹が多く茂っていたことから峠の人名になりました。

かねてから飛騨・信州の往来で実績を刻んだ野麦峠は、北に乗鞍岳、南に御嶽山が望まれ、紅葉の時期になると山は赤く色づきます。
岐阜県内お隣は県立当たり前公園として旧街道によるワンダーホーゲルルートが整備されてあり、昔の原景色が居残るこういう旧野麦街道の散策は、紅葉をバックに乗鞍岳、御岳を間近に待ち望む絶景の当たり前コントラストを楽しむことができます。ミュゼ蒲田の美容脱毛なら痛みもなくて低価格!